島焼酎の歴史

日本の國酒である、日本酒と焼酎。日本酒はほぼ日本全国で製造されるのに対して、焼酎は九州という限られた地域で主に製造されています。これは気候のためであって、温暖な九州では日本酒造りに向かず、そこに南の国(タイなど)から蒸留技術が伝わり、これらの文化がミックスされたのが「焼酎」です。

焼酎の産地は九州がメインですが、理由が「温暖だから」という理由なら、他にも日本で焼酎を製造している地域はあるのか?と疑問に思うでしょう。


そうです、日本の南の島でも焼酎は作られているのです。

それを島焼酎と呼びます。


東京の離島「伊豆諸島」でも実は焼酎は製造されているのです。


「蒸留」という技術が外国から伝わってきたくらい、アルコールを生み出すのはたやすくできることではありませんでした。


それではどうやってここに焼酎文化が生まれたか。


それは芋焼酎がたくさん作られる薩摩(鹿児島)の人が伝えたのでした。

伊豆諸島は江戸時代、流刑地としてその名を馳せていました。地図で見るとわかりますが、想像する通り簡単にいけるよう場所ではありません。


当時薩摩の商人であった「丹宗庄右衛門(たんそうしょうえもん)」という人物がいました。彼は密貿易の刑で、八丈島に流されます。

(島酒之碑)

伊豆諸島はその当時、貴重な米で酒を作ることができず、雑穀を用いたどぶろくを飲んでいました。


そこに庄右衛門が「薩摩では芋焼酎というものが飲まれている」と伝え、故郷より焼酎を作る為の設備などを運ばせ、見事に八丈島での焼酎作りに成功しました。


その功績は、今まで酒が存分に飲めなかった島民にとって偉大であり、庄右衛門は島民に称えられます。モニュメントとして八丈島には「島酒之碑」があります。


流刑された商人が、「焼酎」を伝えていたのです。

ちなみに伊豆諸島で製造される焼酎には上記のような形の、角瓶が多いです。


これは船で本土に色々な種類の焼酎を運ぶのに効率が良い形であり、デザイン性よりも機能を優先しなければならない島焼酎ならではの特徴と言えるでしょう。



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